Cinema

2005年08月20日

Lost in Translation

去年の映画ですが…。
ロスト・イン・トランスレーション
これいい!

仕切りきれずにコメディーと化す日本人や、
枝葉末節に入り込んだ心の満足を追う病的な日本社会が
皮肉られるのかと思いきや、

アメリカの表面的なライフスタイル、
Audio CDが誘う精神世界の探求に行ってしまったり、
腸洗浄なんてことが新たな刺激と思っているアメリカ人のやるせなさを、

結局彼らは日本の軽薄なプライベートパーティーと
カラオケボックスで発散させてしまうのです。
  
この軽薄さと侘しさを理解しながらも、
目の前にある人生を脱線しないように、
2人の主人公は東洋的以心伝心で別れていく。

新宿のネオンが寂しく映る。
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2005年08月09日

無事に還っておーめーでーとぉー!

ディスカバリー、カリフォルニアに着陸。

野口さん、よかったですね。
JAXAに載っていた彼の日記で紹介されていた映画。
ライトスタッフ スペシャル・エディション
音速突破や有人宇宙飛行を成し遂げた、
何をも恐れないテストパイロットと、
幸せを待つ女達のお話。
宇宙からの帰還
こちらは野口さんが宇宙飛行士になることを決意したという本。
奇しくも上と同じ1983年初版。
これは深かった。

月への軌道に乗る作業が完了した後。
宇宙遊泳中、ちょっとしたアクシデントで、
5分待機している時。
任務が忙しくない時間に起こるのだそうです。

神と言う人もいれば、霊的知性と言う人もいる。

史上類稀な宗教家、求道家が至る境地に
宇宙空間に存在しているという状態が、
瞬時に辿り着かせるのだそうです。

更に人間が集団的無意識を共有しているという、
超能力とか、気とか、以心伝心もそうかもしれない…、
そんな世界も見れたりするそうなんです。

飛行日数がだいぶ延びた野口さんも、
そんな体験をする時間があったのでしょうか。
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2005年05月25日

米魂和才

Shall we Dance ?(初回限定版)
新鮮だった。
Masayuki Suoのタイトルクレジットがしっかり流れる、日本発のストーリーを、アメリカ人が自分達の鑑賞者を意識しながらリメイクしたとき、どんな(和魂洋才でなく)米魂和才になったかという意味で。

寂しげに窓の外を見る、ダンスの先生に惹かれた理由は、

日:結婚して子どもができて、ローン組んでマイホームを購入したら、会社勤務の人生にぽっかりと穴が空いたから。
米:繰り返しの遺言書きの仕事と平和な家庭に、もっともっとの欲が出たから。

夫の行動の変化に気づき、探偵に調査依頼をかけたのは、

日:専業主婦で幸せな家庭を維持する、穏やかな妻。
米:百貨店でバリバリ働く、経済的にも自立してそうな妻。

やる気を取り戻し、イギリスへ旅立つのは、

日:パートナーへの配慮を欠き、そのことを気づいて欲しい父親からスクールの先生になることを命じられた、ダンサー。
米:夢を追いかけて挫折し、熱くなれずに、スクールで先生をしているダンサー。

ダンスホールに駆けつけた主人公は、

日:無言でスポットライトを浴び、草刈民代とダンスする。
米:妻を伴い、皆の声に認知され、ジェニファー・ロペスとダンスする。

8年の歳月の流れも影響しているかもしれませんが、
以上、自分が感じた違いです。

ダイバーシティに配慮を利かせた、気持ちのいい映画でした。
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2005年05月11日

コンスタンティン

コンスタンティン
いい作品を選びますね、主演のキアヌ・リーブズ。
スピードも凄かったし、マトリックスも2作目までは唸らされた。

映像と重なって伝わる、晦渋な台詞たちは、理解しようと考え込むうちに、バーチャルな世界へと自分を誘導する。
やがて神経衰弱してしまいそうな恐れを感じると、反射的に「これはハリウッド映画だから、物語として流せばいいのだよ。」と、もう一人の自分が囁く。

「自己犠牲」
人が生きることについての深遠なテーマが、サイバーな「マトリックス」に比べて、今回は宗教的に扱われるので、なんか危うくていやな汗をかき、エンドロールが映し出された途端、友人を急き立てて、シアターを後にした。最後にもう1シーン残っていたらしいんだけれども。

これ以上証拠として考え付くことはない、と言い張る刑事、アンジェラと、わかっているはずだ、と強引に白状させようとするコンスタンティンのやりとり。結局、自殺した双子の妹イザベルと同様に、霊感を持つことを自白したアンジェラは、窓に息を吹きかけ曇らせると、現れたのはイザベルの書いたメッセージ。

とあるセミナーに参加したときに目撃した、不快なデモンストレーションを思い起こす。施術者は被験者の感情を高ぶらせることを目的に、自白させ、露骨な誘導を行なった。使う側がわかっていないと、非常に無責任で危険なこと。他人の人生に変化のきっかけを与えるということに、どこまで責任を負う気概があるのか。

人が生きることについての深遠なテーマなら、全てを失い、タラの地に立つ、スカーレット・オハラの「希望」の方が、爽やかなエンディングで好きだな〜。
世の中複雑化していきます。
ontherightcircle at 21:07|この記事のURLComments(6)TrackBack(0)

2005年04月19日

所有しないということ

宇宙人としての生き方―アストロバイオロジーへの招待―
想像を絶する長さの、宇宙や地球の歴史を見れば、文明なんて無である。相対的にどこかに存在する別の文明から、我々の文明を認知されない限りは。システム全体から見たら、人間だと思って疑わない自分達は、実は宇宙人なんですね。
 
暫く前のことだが、堤義明氏の逮捕について会社の後輩と話した。彼女曰く、「所有する時代」の終焉を象徴する事件なんだそうです。

80年代、若者にとってプリンスホテルは、おしゃれなデスティネーションだった。土地の所有を前提とし、そこにリゾートを開発し、雰囲気よろしく集客し、人々がお金をたんと落しては帰っていく。こんな映画も流行りました。私をスキーに連れてって
やがて90年代の半ばになり、前代未聞の円高が来て、以前より安く海外旅行ができるようになると、パッケージで泊まったホテルでさえ、日本のプリンスホテルよりクオリティが高いことに皆気づいた。

今や駅前の商店街も家業を諦め、テナント商売をする時代。
 
気に入った音楽も、評判のDVDや放映終了直ぐのテレビドラマも、TSUTAYAに行けばいい。あるいはネットからダウンロードできればいい。20代の人達はそれで所有感を感じ取れるらしい。秋元康氏がとあるセミナーで言っていた。

家賃のように、ホームセキュリティーのように、一定のサービス料金を毎月収めることで、アクセス権を得れば、それで事足りる。彼らは、本当に所有してしまえば、身動きが取れなくなってしまうだろうことを冷静に察知している。

人間文明の未来は、アルカディア(原点回帰)でもユートピア(右肩上がりの継続)でもない。ユートピアを選べば、あと100年で今の世界には終りが来るのだそうです。あるべき姿はレンタルの思想。使ったものは返すというライフスタイルなのではないか、とこの本の著者は言っている。本来、人間自体が地球上の物質から生まれ、死んだら土に返るというレンタルなのだと。
ontherightcircle at 20:30|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)
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