2005年12月20日

らっきょ剥いたら

「ベルグソンの哲学の中に、いったい自分というものは何かというと。ベルグソンはその初めに於いて『自分というものは自分から自分に非ざる総てのものを除いたものである』と説いております。その意味は自分からまず第一に兄弟をとってしまう、その次に両親をとってしまう、その次に家庭をとってしまう、細君をとってしまう、そうして社会性をとってしまって、あとに残るものが自分であるということを言っております。」
清沢洌 現代ジャーナリズムの批判

自分探しのシビアな方法。
コーチングのような暖かさはない。

でも、

一つでも残るものがあるのなら、

「愛と青春の旅立ち」のように、

「俺にはここ(これ)しかない!」

から、

始められると思うんだ。


ontherightcircle at 21:32│Comments(4)TrackBack(0)Days 

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この記事へのコメント

1. Posted by しょうこ   2005年12月20日 21:56
自分から遠い方の皮はむけるんだけど、
近くなってくるとなかなか・・・。
それでもシビアに剥いていったら、向き合える「私」はどのぐらい残っているんだろう? どんなに小さくても、そこから始められるかな? 

イメージバトンを渡しました。
私のブログを見てね。
2. Posted by てつや。   2005年12月20日 22:45
自分にしか見えない!
自分にしかできない!

どちらにも、”絶対”という言葉がつく・・・

言葉は少なくても、伝わりますよ。

今日の質問
「とおるさんの神秘的な所ってなに?」
3. Posted by Einar   2005年12月21日 22:42
>しょうこさん
自分にしかないものが見つかるかもしれないって思ってるんだ。
バトン、どれくらいたくさん連想すればいいんだろう…。

>てつや。
伝わる、伝わる?
嬉しいな。

神秘的なところ…。

自分でわかってて、
人に伝えてないってことかな。
自分にも人にもわかってないことって
神秘的とは言わない気がするな。

そういう意味では、結構裸なんだけど。
4. Posted by しょうこ   2005年12月22日 15:45
たとえ何もなくっても、泣きながら出発かな。ただいま漂流中!なので、どこからでも始めます♪

バトンね、あれは、一個だけ連想すればいいのです。ちゃんと説明できてなかったみたい。ちょいちゃんの膨大な連想にびっくり! 次の人もたくさん!
うゎっ、えらいことになってる! でも楽しそう♪

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